2020.10.30 <なり方>クラシック音楽の作曲家①

「狐の嫁入り~ソプラノとオーケストラのための~」楽譜p.6 作曲 大森愛弓

「クラシック音楽の作曲家をしています」と言うと、8割くらいの方から「秋元康さんみたいな?」とか「作詩ってどうするの?(作曲と作詞が混同している)」と返される。作品を聴いてもらう機会に恵まれても、「メロディだけ作っているの?」「俺も高校生のときにフォークソング部で歌を書いていた、楽しいよね」という話題になる。なるほど、「全部をもとから作る」と伝えるにはどう言うべきかと長年 試行錯誤した結果、「もののけ姫の音楽みたいなオーケストラ曲を楽譜に書きます」と言うのが、今いちばん手ごたえのある返答になっている。(久石譲さん有名でありがとう)

学校に音楽教育というものはあれど、その根本を作る専門家の職業は、ほんとうに知られていない。しかも、日本で音楽というとJ-POPが強すぎて、クラシック音楽の作曲は他のものづくり職より理解してもらうのが難しいと思う。シンガーソングライターの作ったメロディは「作曲」と認知できても、そのライブで生演奏されているオーケストラ伴奏がどう作られているのか考えないのが普通かもしれない。(ちなみにそれはクラシックの作曲教育を受けた人の中で、さらにオーケストラの記譜法を学んだ人が楽譜を書いて演奏指導しているかと)

たまに「クラシックで作曲といえば…!」と、「モーツァルトって、感覚で人の頭が良くなる『商品』をつくるなんて天才だよね」と親切にも話題を振ってくれたりもするけれど、そう言われた時点でその方がそれ以上、この話題を深掘りできないことがわかってしまう。気持ちはありがたく受け取るけれど、彼の『作品』はその大きな知識や技術、思想の組み合わせセンスが良いと考えている私にとっては正直寂しい話題だったりする。

うん、まあ、客観的に見て、「クラシック音楽=モーツァルト(どこかの国の古い人)」なのに、いまここに存在する作曲家なんて謎よなぁ

でも、やっぱり、歯がゆい。「女って(男って)わがままだよね」と決めつけられるのと同じタイプの歯がゆさだと思ってほしい。だから、なにか縁があってこのページ開いてくださった方が、少しでも「クラシック音楽の現代の作曲家がどう生まれそこに生きているのかを知ることのできる記事を残しておこう」と思いたって、いま、パソコンの前に座っている。

 

さて、日本でクラシック音楽というと、どうしてもまだまだ「高級な輸入品感」があって、「高尚な趣味」と言われ距離をとられがちだ。

それは、日本の伝統芸が海外で広まらないのと同じだろうと考えている。私は相撲が神事として発展してきたこと知っているから、海外の友人が「裸のでかいファイター」と表現することに残念な気持ちを覚える。歌舞伎は現代劇ではないけれど日本語だからストーリーは追えるし衣装や演出から時代や意図が読み取れる。華道や茶道は複雑な作法や流派があって難しいイメージではあるけれど、綺麗、美味しいと感じるし、地域に点々と教室があって手軽に始められる。

それぞれの伝統芸能を詳しく知らずとも自然に伝わることは多く、またそのプロが、毎日厳しい鍛錬の先にそこにたどり着いたことを身近なところから見聞きして知っている。これが、その芸能の受け入れ土壌がある状態だ。

フランスに2年間住んでいて感じたのは、そうした意識がそこにあることだった。つまり、クラシック音楽を支える土壌が、長い長い歴史の積み重ねの先に、そこにある。

私が学生時代、音楽史の教科書の数百年前の章で登場した歌「グレゴリオ聖歌」が、2019年にパリの教会で、毎週の礼拝で、一般市民にふつうに歌われていた。

道を歩いていたら、「ドビュッシーの家」(やばすぎる偉人)の記念プレートがなんてことないマンションの壁にあり、まさかの今は誰か関係ない人が住んでいる。(大阪を歩いていると「千利休の家跡」に出くわす感じか…)住みたい…….

コインランドリーやカフェ、花屋など生活の中で会うおばさん・おじさん達と話していると、「私は音楽の学がないんだけど、あなた作曲をやっているなんて素晴らしいわ!どこの音楽学校なの?」となる。一度も、「お嬢」なんて言われることは無かった。(日本の音大卒生は身に覚えがあるでしょう…)

パン屋のイートインで休憩していると、次第に店員さんのフランス語が歌うように聴こえてくる。リズム感や抑揚がクラシックの曲に通ずることを実感する。おっしゃっていることは「他にはなにか?」「お持ち帰りですか」とかなんだけど。

施設的にも、東京環状線の内側くらいの大きさしかないパリに、公立の音楽学校が20個・私立が2個あり値段も手ごろで、小さな子供からお年寄りまでが気軽に良い教育を受けられる。250年前から同じ姿でいる劇場(数々の名曲が初演された)が生活区のど真ん中にある。

日本でのクラシック音楽の歴史はまだまだ浅い。それが全国に広まったのは、明治時代、日本を強くするために西洋文化が学校教育に取り入れられてから。輸入後、次第に、中国からの「漢字」しかり外のものを作り直すことの得意な日本人は、「西洋音楽のシステム+日本語=童謡や合唱」、「同システム+ロックなどの他国の軽音楽=J-POP」と、新しい文化をつくってきた。部活動などで盛んな吹奏楽は海外の軍楽隊(曲の成り立ちはクラシック系統)の輸入から歴史的にも性格的にも日本にマッチし独自の発展を遂げている。

(そういうわけで、クラシックの理論感覚が染みついていれば、上に挙げたジャンルの曲なら 聴けばすべての楽器・和音・リズムを聴き分けて楽譜に書き起こせてしまう。複雑すぎなければ音が混ざっていても大丈夫。そして、設計図=楽譜に戻した音楽を用途に合わせて作り変えることもできる。ポップス曲から合唱譜や楽器への編曲、オーケストラから吹奏楽への編曲などは私たち分野の作曲家に回ってくる仕事だ。建築士なら建築もリフォームもできるのと同じで、根本を理解すれば解体も再生も、似たようなものを一から作ることもでき、一級建築士なら良い家が作れるように、経験を積んだ作曲家は、プレイヤーと楽器が最もよく”鳴る”方法を知っており、相手によって難易度や聴きやすさを考慮したり、用途によってオシャレさ、エネルギッシュさなどを強めるなど音を自在に組み立て、プレイヤーとお客を納得させる。)

輸入物そのままの姿で「いいものですよ!」と言ったところで、相手に受け入れ態勢がないと空振る。それが良いものだと気付いた人が、その土地に受け入れられるよう工夫することは世界中でよくあることだ。―――ああ、他国の例で言うならば、フランスの緑茶が良い例かもしれない。アジアから入った緑茶は今ではよく根付いてどこでも買えるが、いつも薔薇など花のフレーバーが混ざっているし砂糖を加えて飲まれている……。ショックだったけれど、ある日いただいてみると実はとっても美味しく、ファンになってしまった。きっと最初は、多くのフランス人にとって日本の緑茶は不思議な茶だったんだろう。香りの調合が得意な国らしい、素敵な工夫で生まれ変わったんだなぁと今は感心している。

話が逸れたが、日本で音楽の大学院まで出て、社会人としてもしばらく音楽家をしていて、冒頭お伝えしたような完全な「アウェイ感」のなかで生きてきた者にとって、ヨーロッパで「作曲家です」が一発で理解されることがどれだけ嬉しかったか、伝わるだろうか自分が一番大切にしてきたことが、そこでは社会に必要なインフラとしてすでに土台がある。パリの街は、私にとって治安の悪いディズニーランドみたいなものだった。(治安は本当に悪い)

 

―――その音楽の歴史は、西洋の土着の言葉、歌や踊りから、教会の儀式から、貴族の文化から、発展して今がある。

音楽は、昔々、世の中の不思議を解明するための「聴こえる数」として、つまり数学の仲間の学問として研究が進み、それが数百年の間に、宗教心や国ごとの土着の歌や踊りと絡み合って発展、数えきれないほどの研究者(作曲家)の記録(作品)がつながり、音を文字に起こすシステムが確立された(今も進化中)。英語ができればの英語の本が読めるように、その音楽のシステムさえ学べば、どの国に居ても 過去の作品を、そこに作家が生きているように蘇らせることが出来る。記録できるシステムがあまりにもしっかり作られたことが、クラシック音楽が世界中に根付いた理由だ。

だから、いまも、作曲家の<なり方>は、学者として過去の地道な研究と発見を一番最初から辿ること。

ちょっと曲をつくるなら、有名な曲と同じコード進行などテンプレートに乗せればそれっぽくなる。ただし、そのコードの性格がどんなもので、どんな効果があり、前後に与える影響はどういったものか等を根本的に考えることは難しいし、そのコード進行を使わない曲は作れない。……そんなプロとビギナーの関係は、料理に近いかも。良い料理人はどんなシチュエーションやお客様にも合わせられるし、「こんな一皿を作りたい」を、調合・煮る・焼くなどの繊細なテクニックと膨大な知識で自ら形にする。ひとつのメニューを安定してつくれ、また場面に合わせて狙って変化が付けられるのがプロというものだろう。

大学に音楽学部が存在するのは、それは研究であって娯楽ではないから。輸入物だったのに、いまはその道を辿る教育システムが日本にも確立されているのだ。そこを通って作曲を志す者は、演奏家にとっても心地よくなかったり、理解されない音楽を作ることがある。それは、文化を生かすために新しい道を作ろうとしている(研究)からだ。いまのニーズに向けた『商品』しか作らなかったら、すぐに芸能は古くなって消えてしまう。歴史を作ってきた偉人たちの研究は、いつも新しく、その時代には受け入れられなかったことも多かったとことを知っているのだ。

専門家だから、「富は一生の宝、知は万代の宝」だと知っている。音楽がすぐ消費されてお金になることだけが素晴らしいのではないと知っている。過去の数えきれない世界中の芸術家たちの知恵をまとめた地図(たくさんの書物と作品)を読んで、そのおかげで早く着いた目的地から更に秘境に踏み込んで新しい景色を探せることはすごくありがたい。自分も先人のように、伝統を使って発展を試みたい。

そんな風に、新しい作品が生まれ続けること自体がかけがえのないことだと考えている。だって、音楽が受け継がれ発展してきたおかげで、たくさんの美しい景色と思想に出会い、世界は広いと知ることが出来たから。

才能だけで作れはしないし、結果的に作品に値が付いたり時給が生まれたとしても、「商品(すでにそこにあるニーズに投げるもの)」を作る職業ではない。学びと思想を形にする「作品」を作っていくのがクラシック音楽の作曲家だ。

そして私は、日本で生まれ育ち、音楽の専門家になったからには、やっぱり自分の中の日本の世界観を音楽のシステムを使って作品に昇華し、世界に問いたいと思う。西洋音楽という世界共通の言語を学んだから、海外に住むこともできたし、楽譜を挟んで笑い合う友達が世界中にできた。作品を通して自分の国の伝説を紹介したりするのは、すっごく面白い。

【次の記事②では、具体的な作曲家の<なり方>の流れをご説明します】

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